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ヒプノセンス~熱と工夫のヒプノセラピー(催眠療法)~

■ プロフィール

今西和彦

Author:今西和彦
1967年広島生まれ 
早稲田大学教育学部国語国文学科卒業
横浜市在住


◎米国催眠士協会
 認定ヒプノセラピスト
 (National Guild of Hypnotists)
◎米国催眠療法協会
 認定ヒプノセラピスト
 (American Board of Hypnotherapy)
◎米国アルケミー催眠協会
認定ソマティックヒーリング
上級コース修了
 (Alchemy Institute of Hypnosis)
◎日本ホリスティックアカデミー
前世療法プロコース修了
年齢退行療法プロコース修了
◎QE(クォンタムエントレインメント)ヒーリング
基礎&上級&ユーフィーリング& アート・オブ・スティルネスコース修了
◎量子波ヒーラー養成コース修了(導入&S1&S2)
◎整体師
◎レイキティーチャー

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N先生の横顔
「ヒプノセラピスト」という響きに、
以前からボクを知る人は、
不思議な、時には怪訝な表情をつくる。

しかし、実際のところ、
一番驚いているのはボク自身、想像だにしていなかった。

今思えば、そこに至る経緯は、いくつか思いつくのだけど、
かなりさかのぼって、一つの印象深い思い出がある。

幼稚園の年長組のときに、
近所にある、向かい合って乗る子ども用ブランコの
不安定なてっぺんに上り、調子に乗っていて、
そこからまっさかさまに落ちて
左腕の肘を複雑骨折してしまった。

ブラブラする左腕を近所のおじさんに見せて、
そのまま隣町の
開業したての個人病院(外科)に連れて行かれ、
即手術、そのまま3か月の入院となった。

N先生にとっては、
開業後初の大きな手術ということらしかった。
当初は切断の可能性も示唆されながら
何とか無事に手術を終え、
隣町とは言え、初めて親元を離れての生活が始まった。
幼稚園のことはすっかり忘れていた。

まだ妹も生まれていなかったので、
ただのわがまま一人っ子のボクは、
エネルギーがありあまり、
それほど大きくない病院内が、格好の遊び場となった。

肘に入っていたボルトが外れてからは、
毎朝、他の患者さんがいようがいまいが
勝手に診察室に入り、N先生の脇を通り過ぎて
ベッドに座り、温熱器を肘にあて、しばらくして
肘の屈伸運動をし、大きな分度器でその成果をはかる。
その成果をN先生に耳打ちして、診察室を出ていく。
途中、大好きな看護婦さんの出勤も必ず確認する。

そして、馴染みの入院患者さんの部屋を巡り
それにあきたら、最上階のN先生宅に入って
弾けもしないピアノを乱れ打ちする。
お腹が減ると、病院の前の喫茶店の中を素通りした先にある
パン屋で、つけでパンを手に入れていた。
当時の病院食は、ちょっと味気なかったのもあるが、
もちろん、ボクは、それに対しても、
直接調理室に一言二言申し立てをしに行った記憶がある。

他にもいろいろあるのだけど、
書き切れないので、またの機会にする。
関係者のみなさん、申し訳ありませんでした。
親はみなさんに謝ってまわっていたのだろうけど、
ボクは、N先生を始め、誰からも怒られた記憶がない。
楽しかっただけなのだ。

やりたい放題の入院生活も終わり、
ボクは幼稚園に戻り、間もなく小学校に入る。

実は、その後、高校生になるぐらいまで、
定期的にどこか骨折や、骨にひびが入るような状態が続き、
その都度N先生のところには顔を出していた。
本当は、くちびるが腫れても、熱が出ても行っていた。
要するに逢いたかっただけなのだろう。
  ※「骨折」や「骨」のケガが続く理由もあるのだけど、
    これもまたいつか。

退院してからは、「骨」絡みのことはいろいろあったけど
野球も始め、
体を動かすことで、今も、何も不自由なことはなく、
本当に感謝している。

そうやって時折、顔を出してはいたけど、
大学で東京に来てからは徐々に記憶から遠のいていった。

そして、数年経った頃に、
N先生が若くしてガンで亡くなられたことを知った。
N先生の息子さんが継がれたかどうかもわからぬまま、
あの病院は、もう違う看板に変わっていた。

「ヒプノセラピー」をやっているが、
西洋医学に対しても、N先生を通じての信頼がある。
六歳の子どもが、N先生とまともな話などしていないし、
思春期の頃だって、挨拶程度だから、
何も教訓めいた話など聞いたことはない。

ただ、ボクは、診察室の脇のベッドで
肘に温熱器をあてながらも、
他の患者さんを真剣だけど優しく診察するN先生の姿、横顔を、
とっても誇らしげな気持ちで見ていたような気がする。
ボクの潜在意識は、確実に大切な何かを受け取っている。

最後に、もうひとつ。
このN先生は、そのケガの数年前に交通事故で亡くなり、
直前まで、ボクとよく遊んでくれていた従兄弟のお兄ちゃんと
顔がそっくりで、初めて病院に訪れたとき、
家族全員がその意味でもびっくりしたことを申し添えておく。

N先生ありがとう。
ちゃんと調べて、
今度お墓参りに行きます。
早くしないと、N先生の年齢を通り越しちゃうからね。

合掌

長淵剛『さよならの唄』
ユーチューブでどうぞ。
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